事件ファイル
探偵ケイシャと3つの失踪事件
消えたマタタビと探偵たち

ケイシャの記録:3つの失踪に潜む傾斜の謎
失踪事件とは、姿を消した“人”を追うものだと、誰もが思い込んでいる。
だが、私に言わせれば、姿を消すのは人だけではない。
坂道の“傾き”が失われるとき、そこには必ず、何かしらの“意図”が潜んでいる。
ブンキョウの街で、3つの失踪が相次いだ。
ひとつはマタタビ。ひとつは愛猫カクド。そしてもうひとつはーー私自身だ。
自分の失踪を捜査するのは、奇妙な体験だった。
私はどこにいたのか。なぜ、戻ってきたのか。
いや、そもそも私は“消えた”ことになるのか?
ひとつ確かなのは、すべての始まりに、ある“匂い”があったことだ。
街を駆け抜ける風が運ぶ、微かなマタタビの香り
猫たちはそれに引き寄せられ、坂道の奥へと姿を消していった。
だが、単なる偶然とは思えなかった。
町長の企画「さかみち猫コンテスト」、それを盛り上げるために用意された高級マタタビ。
それが消えた。
まるで、誰かが街ごと“香り”で支配しようとしているようにさえ感じられた。
愛猫カクドは、ただの猫ではない。
私の相棒として、長年多くの事件をともに解決してきた。
そのカクドが、自ら姿を消すような真似をするはずがない。
私がそのことに気づいたときには、すでに遅かった。
カクドを追っていたはずの私は、気づけばーー
香りに導かれ、坂道をふらふらと登っていた。
…あの時の私は、何かを思い出していたのかもしれない。
傾斜の美しさ。重力の導き。
坂を登ることでしか見えない景色があるということを。
探偵ケイシャ。
そう呼ばれる私が忘れてはならないもの。
それは、「この街の傾斜が、真実へと導く」という確信だ。
私はこの事件を解きながら、改めて思い知ったのだ。
“失踪”とは単に人が消えることではない。
この街で傾きが失われることこそ、真の失踪なのだと。
…というわけで、私は戻ってきた。
カクドも、マタタビも、坂の香りも、すべて再びそこにあった。
だが忘れてはいけない。
あの香りの向こうに、まだひとつ、解かれていない影がある。
次なる謎はもう、坂のどこかで微かに息を潜めているーー。

プロローグ
その日、坂道の街ブンキョウで、三つの失踪事件が立て続けに発生した。
ひとつは、街を盛り上げるために用意された高級マタタビの消失。商店街を巻き込む「さかみち猫コンテスト」の開催を目前に控えたこのタイミングで、準備していたすべてのマタタビが忽然と姿を消したのだった。
二つ目は、坂道探偵ケイシャの相棒である黒猫・カクドの行方不明。飼い主であるケイシャが目を離した隙に、どこかへふらりと消えてしまったらしい。
そして三つ目。最も不可解なのは、カクドを探しに出かけたケイシャ自身がそのまま姿を消してしまったことである。
街の人々は動揺し、猫コンテストは中止の危機に瀕していた。
「街の猫も、人間も、探偵も消えた。これはただの偶然か、それとも――」
探偵も、猫も、そしてマタタビまでもが消えた街。騒然とするブンキョウの坂道に、次第に不安と混乱の空気が広がっていった。
謎の始まり



街を歩く住人たちは立ち止まり、ざわめいている。坂の途中、商店街の一角、大手の書店、出版社の見開き——
人々は目を凝らし、つぶやく。それぞれの場所で、赤い猫にまつわる噂が飛び交っていた。
「この事件、におうな……」
ブンキョウの坂道に掲げられたMISSINGポスターには、マタタビ、カクド、ケイシャの3つの名前が並んでいた。
「ケイシャ探偵とその相棒のカクドが見当たらない…」
「商店街のマタタビが消えた…イベントはどうなるのか?」
「彼らの最後の足取りは、どこに向かっていたのだ?」
それぞれの失踪事件の線はやがて交差し、探索が始まった。
探索:街に残された足跡
事件の鍵を握るのは、“マタタビの香り”だった。
町長の指示で配られたチラシには、コンテストの開始を知らせる文言と共に「マタタビ香る、坂の街」の見出しが踊っていた。
それぞれの事件は、やがて一本の糸のように絡まりながら、ある一点へと収束していく。
夜の坂道に残された“影”。
そして、三つの失踪事件の裏に潜んでいた真の動機とは――。
ケイシャの観察メモ
事件の根っこにあるのは、どうやら“匂い”のようだ。
誰かが意図的に仕組んだわけでもない、だが街のあちこちが“傾いて”いた。
マタタビの香りは、時に猫も探偵も、そして善良な市民さえも惑わせる。
相棒カクドの行動は少し妙だった。いつものように見えて、何かを知っていたような気がしてならない。
失踪事件の裏に、誰かの“優しさ”が隠れていたのかもしれない。
「真相の全てが明かされたわけではない、だが、少なくとも今は街に静けさが戻った──」
終幕
真相は、坂の街に漂う“ある香り”によって導かれた、偶然の連鎖だった。
猫も人も、においに引き寄せられ、ある場所へと足を運んでいた。
それは、とても懐かしく、どこか甘い、そしてほんの少し切ない香りだったという。
すべての登場人物が再会したのは、坂の上にある静かな場所だった。
「香りとは不思議なものだ。時に記憶を、そして真実をも運ぶ」
「この街では、傾斜も空気も、人を導くのだよ」
こうして街は、再び日常を取り戻した。
だが、坂の上には今もなお、誰かの“足あと”が残っている。
